01.凛と伸ばされた背筋




「ラビ! 室長が呼んでたぞ。どうやら任務らしい」


朝飯をたらふく食い、ごきげんで食堂から出てきた俺にリーバーが声をかけた。それに軽く返事をし、ジェリーにも美味かったと伝えて室長室へと向かう。今日はオフだから朝からガッツリ食うぞ! と意気込んだせいか腹が重い。歩く度に5人分のフレンチトーストが揺れた。
「こんなんで動けんのか、俺。うわー、胃もたれしそうさ」
やはり朝は控えめにした方がよかったか。できれば前日までに知らせて欲しかったが、急遽任務が入るのは仕方のないことなのだ。背負うものが重くて大きい分、怠けてはいられない。
ほんの20分前の自分の決断に後悔した。
今は戦争中、兵士は常に気を引き締めていなければならないのかもしれない。いや、しかし「腹が減っては戦はできぬ」と東国の諺にあるように腹ごしらえも大事だ。
そんなくだらないことを考えているうちに室長室に着いた。


「コームーイー、来たさー」


適当にノックをして返事を待たずにドアを開ける。雪解けの季節には相応しくない肌を刺すような冷たい空気が全身を襲った。いつもなら足の踏み場もないほどに資料が散乱した部屋の中央に設置された机に突っ伏して寝るコムイが視界に入るのだが、今日は違った。珍しく、起きていた。いや、起きざるを得なかったようだ。部屋の至るところに、恐らくこの寒さの原因であろう氷柱が刺さっていた。そして、ユウのものでも、リナリーのものでもない黒髪――


「人を呼び出しておいて寝るなと何度も言っているだろう、コムイ」


――その声は氷のように澄んでいた。




「いやぁー、助かった助かったー」


毛布にくるまり、リナリーの淹れた(←重要)あったかいコーヒーをすすり、ほっと一息つくコムイ。ほんの10分前には部屋中にあった氷柱はきれいさっぱりなくなった。


「で、コムイ。この美人さんは?」


先ほどの氷柱は黒髪の彼女のイノセンスだったらしい。彼女の怒りが治まると跡形もなく消えた。まあ、その「怒りを治める」のが大変だったわけだけど。


「あれ? ちゃんに会うの初めてなの?」


もうすっかり調子の良くなったコムイがきょとんとした顔でこっちを見る。本気で驚いているようだ。


「ああ、教団内じゃあ見かけたことないし・・・新入り?」


実際に見たことも、噂に聞いたこともなかった。教団側についてからもう何年も経ったし、顔すら知らない人なんてこの教団内にはいないと思ってた。情報収集もブックマンの仕事の内だから。


「いや、ちゃんは僕が室長になる前からずっとここにいるエクソシストだよ」
「・・・うそぉ!?」


コムイが教団に来たのは確かすごい前だったはずだ。連れて行かれた幼いリナリーのために室長の座に就いたというから。それより前からというと、もしかしたらリナリーが教壇に来る前からかもしれない。それなのになぜ、


「僕もびっくりだよー。ファインダーも合わせたら結構な数になるとはいえ限られた空間じゃない? しかもエクソシスト同士だし、挨拶を交わすぐらいはしてると思ったんだけどねぇ・・・?」
咎めるような、それでいて楽しんでいるような不気味な顔でコムイがその美人さん(ちゃん・・・?)を見た。だが、その本人は全くの無関心だ。「そんなことはどうでもいいだろう」と呆れたように溜息を吐く始末。おまけに腕まで組み始めた。挨拶だとか人間関係に興味がないタイプの人らしい。でも、だからといって挨拶なしで任務に入るのも気まずい。


「まー挨拶くらいはしといた方がいいさ。俺はラビ、」
「知っている。ブックマンの見習いだろう」
「あり、知ってた? ・・・じゃあちゃんも自己紹介するさ!」


このあまり良いとは言えない空気をどうにかしようと明るく言ってみたがそんな俺の努力も空しく、相手は気を許してくれる素振りも見せない。それどころか「気安く名前を呼ぶな」とばっさり切られてしまった。美人さんでもこれだけ打ち解けにくいと困る。俺は一体どうすればいいんだ。
そこにコムイの助け舟が入った。こういう時さすがは年長者、と思う。


「いいじゃない、名前でも。ここではみんな家族なんだし」
「コムイたまにはいいこと言うさー!」


心からの感謝の気持ちを込めたつもりだ。多少は社交的な俺でもここまでの空気はちょっと辛かった。


「でも、もうそろそろ時間だから親睦を深めるのは移動しながらにしてね!」


てへっ、と可愛くないウィンクをしながらコムイが言う。前言撤回だ。全然頼りにならない。コムイがいてもこの状態なのに無口なファインダーと3人、実質2人きりだなんてとてもじゃないが親睦なんて深められない。断言できる。


「ちょっ、コムイ説明は!? つーか資料も!」


説明も何もなしでは現地に着いても何をしたらいいのか分からない。


「資料は一緒に行くファインダーに渡してあるから! イノセンスの回収をお願いしたいんだけど、アクマも2人だけで十分倒せるレベルだから大丈夫! ・・・多分」


早く行け、と満面の笑みで背中を押される。ある程度の任務ならこなす自信はある。戦闘に関しても強いほうだと自負している。でも、多分なんて言われたらそれは不安だ。


「ほら、ちゃんは先行ってるよ」


そう言われて彼女がいないことに気づく。出入り口の方を見やると、開け放されたドアの向こうにすらりとした背中が見えた。カツカツとブーツのかかとが鳴る音が響いている。予想はしていたが、歩くのが、というか行動が速い。
すると、その背中が振り向いた。その動作に合わせて黒髪が跳ねた。


「何をしている。早くしろ」


それだけを言うとまたかつかつと地下水路へと歩いて行く。


「ちょっ、まっ・・・今行くさ! じゃ、行ってくる!!」


片手を挙げてコムイに挨拶し、既に小さくなりつつある背中を追いかける。後ろでは「いってらっしゃい、気をつけてねー」と見送る声がした。
・・・俺、あの子と2人っきりでやってけんのか? あー、先が思いやられるさ。




















この子動かし辛っっ!!! なんなんだ。こういう堅苦しい女の子好きなんですけどね。
しかもラビ視点で真面目とか、なんか変だ。まー、きっとラビは真面目ないい子だよ←
内容については触れないで頂きたい・・・(´`) ちゃんと完結させますから。
100211 春日時雨