「帰んぞ」


すたすたと前を歩いていた元希くんが突然立ち止まりふりかえる。


「え、ど・・・うしたの? 突然」


立ち止まった元希くんに合わせてわたしも立ち止まる。
だけど、急すぎて何がなんだか分からない。


「帰るって・・・そんな急に、・・・わたし、何かした?」


泣きそうになる。久しぶりに会えたのに。久しぶりに2人きりなのに。
元希くんは時々――いや、いつも考えてることが分からない。


「何か、って分かってんだろ」


彼の声音が、怒っていることを告げる。
怒らせるようなこと、しただろうか? 確かに会話はほとんどないし、しても続かないけどそれはいつものことで。並んで歩かないで、リーチの長い元希くんにわたしが早足でついていくのもいつものこと。
何もかも久しぶりなだけで、何がいつもと違うのか。
わたしと元希くんの間の(わたし基準で)数歩分の距離を大股で埋めてくる元希くんに、びくり、と肩が震えた。
思わず後退ったわたしの腕を元希くんががっしりと掴む。
あの、と出かけた戸惑った声は、元希くんの声にかき消された。


「逃げんなよ」


わたしをまっすぐみて、低い声で、まず、念押し。
そして、


「足、怪我でもしてんだろ」


爆弾投下。わたしの中で核爆弾並みの何かが爆発した。
その余韻でどきどきする。ばくばくする。


「なんでも・・・ないんだけど・・・」
「なんでもないわけねーだろ。いつもより歩くの遅ぇし、足音おかしいし。・・・足、引きずってんだろ」


さっきの爆弾の中に時限爆弾でもあったのだろうか。どきり、と一度心臓が跳ねた。
嬉しい、のかな、わたし。気づいてくれるなんて思わなかったから。だって元希くんはわたしの前を歩いてて・・・。後ろ向きでも分かるくらい、わたしを気にしてくれてた? ・・・なんて自惚れかな。


「あの、ね」
「んだよ、はやく言えよ」


怒ったような声に、また違った、どきり。


「靴擦れが・・・できちゃったみたいで、あの、ごめんなさい」


せっかく久しぶりに会えたのに、と付け足し。
元希くんは何も言わずにわたしを上から下までみた。そして心底呆れたようにため息を一つ。
思わず謝りそうになって留まる。謝りすぎて何度か怒らせたことがあるから。


「んな恰好してっからだろ」


もう一度、ため息。そして、わたしに背中を向けしゃがむ。


「乗れよ、送る」
「え、だ、大丈夫だよ・・・!」
「いいから黙って乗れよ」


くるりと首だけこっちを向けて睨んだ元希くんに一瞬怯んでから、その首へ、肩へと手を伸ばし、体重のすべてをかけた。
わたしがしっかりと元希くんの首に腕を回しているのを確認してから「うっし」と一言漏らし元希くんが立った。
ずきずきとする脚が宙ぶらりんになる。久しぶりの感覚に驚いて小さく悲鳴が漏れた。


「別に落としゃしねぇよ」


鼻で笑われた。人を小馬鹿にしたような笑い方だけど、わたしは嫌いじゃない。ほんとはとても優しい人だから。


「で、なんでこんなん履いてきたんだよ。これかかと何cm?」
「なっ、7cm・・・」
「高・・・。バカじゃねぇの、お前」


わたしも後悔してるんだから、言わないでほしい。
それにしても、本当にこんなの履かなければよかった。お蔭でどこにも行くことなく帰る羽目になってしまった。


「馬鹿・・・かもしれない」
「『かも』じゃねぇだろ」
「だって・・・」


言葉に詰まった。だって、の続きは恥ずかしくてとてもじゃないが言えない。
なのに元希くんは続きを促す。わたしがどんなことを言いたいかは分からないにしても、それが面白いことだときっと分かっているのだ。
こうなってしまった元希くんに隠し事はできない。


「久しぶり、だったんだもん。だから、・・・その、お洒落したくて」


そう言ってから、元希くんの首元に回した自分の腕に顔をうずめた。息がかかってくすぐったかったのか、元希くんが少し首をよじった。
そのすぐ後、「ばーか」と言ったその声は少し嬉しそうだった気がする。


「足、大丈夫かよ」
「うん。ただの靴擦れだし、すぐ治るよ」
「だからって消毒しねぇと化膿すんぞ」
「家に帰ってからするから大丈夫だよ」


喋るたびに元希くんが首をよじる。ふふ、と少しだけ笑ったら、なんだよ、と不機嫌な声が返ってきた。それがなぜか面白くてまた笑った。もうそれを咎めることを諦めたのか、元希くんが突然違う話題を持ってきた。


「俺んち来いよ」
「え、えぇ!?」
「別になんもしねぇよ」


予想もしなかったその言葉に驚いて顔を上げると元希くんが笑った。
噛みつつもちがう、と否定するとまた元希くんが笑った。


「足、手当てすんだよ」
「あ、あり・・・がとう?」
「何で疑問系なんだよ」
「いや、だって・・・元希くんが・・・なんていうか、その・・・」


言ってもいいだろうか。元希くんが普通に優しくしてくれるときはいつも何かあるから、って。それを聞いたらきっと彼は怒るだろうけど、すぐにまた機嫌を戻してくれる。それが本当のことだからというのもあるけど、彼はとっても優しい人だから。でも、今日は内緒。


「・・・なんでもない!」


もう一度腕に顔をうずめたら「くすぐってぇよ」って頭突きされた。










裏返しの愛情

(ツンツンしてるけど、ほんとはとっても優しい人)



榛名は短気だし目つき悪いし言葉遣いも悪いけど、ただ単にちょっとガキなだけで本当は優しいと思う。
特に彼女には優しいといい。
ていうか、名前変換ないorz
090629 春日時雨