永遠唄-とわうた- 第弐話
02.
刀だ――頭がそう理解した瞬間、少し前に治まったはずの動悸がし始めた。
この時代の知識なんてあたしにはない。…時代?時代ってどういうこと?やっぱりここは過去?だとしたら何時代?
無意識のうちに頭に浮かんだ”時代”という言葉にあたしは違和感を感じなかった。
あたしがいた現代とは違うここ。それは教科書や時代劇で見るような昔の風景で。だから多分、過去にタイムスリップしただなんて、そんなくだらないことを考えてしまうんだ。
「おい、ねぇちゃん」
突然目の前の男に話しかけられ、びくりと小さく肩が跳ねた。動揺を相手に悟られないように、今まで何度も何度も浮かべてきた微笑を貼り付け男の顔を見遣る。
「あたしに何か御用でしょうか?」
「そこの店で俺に酌してくれよ」
そう言って男が指差したのはあたしが座っている場所の斜め向かいのお店。雰囲気からして居酒屋さんらしい。それは分かる。でも、突然やって来てお酌をしろとはどういうことだろうか。酔っぱらいの言動はいつの時代も分からない。
…ああ、また”時代”。だからそんなことありえないんだって。
「痛…っ」
一瞬自分の世界に入りかけたけど、急な手首への痛みで現実に戻される。痛む箇所に目をやると男の手があたしの手首を掴んでいた。どうやら力の加減もできないほど酔っているらしく、容赦なくぎりぎりと締め付けてくる。力任せに振り払おうとしてもびくともしない。
「なぁ、酌くらいいいだろう。別にそのあとどうこうしようってわけじゃねぇんだしよぉ」
「いえ、困ります」
「けちくせぇこと言うなよ。何も減りゃしねぇんだ」
「減るとか減らないとかそういう話ではなくて…ちょ、引っ張らないでください!」
頑なに拒むあたしの態度が気に食わなかったのか男は掴んだままのあたしの腕を引っ張り上げた。急すぎて身体が反応できず、呆気なく立ち上がってしまう。そのまま店へと引きずられて行きそうになり慌ててその場に踏ん張った。
「いいから大人しく酌してりゃいいんだよ!」
「だから嫌だって言ってるでしょ!」
知らない男にお酌をするなんてまっぴらごめんだし、この場を離れるのもいや。ただ単に見ず知らずの場所だからというわけではなくて、自分の常識が一切通じないかもしれないから、ここを離れたくないのだ。それに相棒を置いてなんて、絶対行けない。戻ってくる前に、珍しいからといって誰かに盗られてしまうかもしれないから。
とにかく嫌だ、放せと拘束された腕をぶんぶん振って喚くと男の力が一層増した。
「このアマ…っ、優しくしてやりゃあいい気になりやがって…!」
「…は?」
「そんな身なりをしてどうせ身体でも売ってんだろ!高く買ってやる!」
「な…っ、あたしはそんなことっ!」
「ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねぇ!俺を誰だと思ってんだ!」
さらに顔を赤くしながら男が怒鳴った瞬間、いつの間にか集まっていた野次馬の群れから悲鳴が上がって…男があたしから手を放し自らの刀に手をかけるまでの一連の動作が目に映ったけど、不測の事態に身体が強張って動かない。
鈍色の煌めきが太陽光に反射して、ああもうだめだ…と襲い来る痛みに目をぎゅっと瞑って身構えたけど、その鈍色があたしに届くことはなかった。
「斬られたくなければ今すぐその刀をしまえ」
ふいに聞こえた酔っぱらい男とはまた別の男の声に何が起きているのかと恐る恐る目を開ける。次の瞬間あたしの視界いっぱいに飛び込んできたのは鮮やかな水色と濃藍とも紫黒ともつかない色だった。
「な、に…?」
あたしはその水色を知ってる。ほんの数か月前まで毎日毎日、模様が目に焼き付くくらい見てた、それ。背中に誠の文字はないけれど色やその模様は全く同じ、浅葱色の羽織。まさか、そんなことがあるはずがない。けど、それは…。
「新選組…なの?」
あたしの呟きが聞こえたのか酔っぱらいの男は刀を放り出して逃げようとしてすぐに同じような浅葱色の羽織を着た男たちに捕まり、そのまま騒ぎを聞きつけた役人のような男の人に引き渡された。その一部始終を目で追ってから視線を目の前の背中に向ける。するとその男はゆっくりと振り返った。
「あんたも、気をつけたほうがいい」
その瞳は綺麗に澄んだ蒼で、吸い込まれるんじゃないかと思ってしまうくらい深かった。
(邂逅)
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2話なのに斎藤さんが二言しかしゃべってない…!
そして名前変換がまたもや存在しないorz
次は左之と新八も出したい。
110415 春日時雨