永遠唄-とわうた- 第参話



03.


「あ…あの、ありがとうございました」


あたしよりも少しだけ高い位置にある顔を見ながら、助けてもらったのだからとお礼を言えば、その澄んだ目はすっと細められた。真意を探るような、目。あたしは何か疑われるようなことをしただろうか。怪しいということは十分理解しているが外見では特に何も怪しいことはないはずだ。
どう反応したらいいのか分からず首を傾げると、その男は口を開いた。


「どこの家の者かは知らないが…そのような格好をするのであればそれなりの護衛をつけた方がいいだろう」
「護衛…?」
「ああ。今の京は治安がいいとは言えないからな」
「そう…ですか。気をつけます」


男の言葉で分かったことだが、ここはどうやら京都らしい。"京"という言い方をしたからやっぱりあたしがいたところよりも昔みたいだ。今じゃ京なんてあんまり言わないし。
ますますこれからどうしようもない。
酔っぱらい男に引きずられたせいで少し最初の位置から動いてしまっていたため、またギターケースの上に座り直し助けてくれた男を見遣ると、もうあたしには用がないからか既に数メートル先にその姿はあった。後ろに何人も従えているからもしかしたら幹部クラスの偉い人だったのかもしれない。


「新選組…か」


呟いてみたけれど何だか現実味が湧かなくて小さく溜め息を吐く。
ほんの数か月前まではその役を演じる人と仕事をしてたなぁ…。
そういえば生放送はどうなったんだろう。もうすぐあたしの出番だった。気がついたら江戸時代の京にタイムスリップしていて新選組の人に助けられました、なんて理由じゃきっと認めてもらえないんだろうな。
というか、あたしは帰れるのだろうか。


「初出演だったのに…最悪だわ、ほんと」


あたしはどうなるんだろう。向こうでは失踪扱いにでもなっているのだろうか。ああ、もう本当に嫌だ。そんなことでニュースになってお茶の間を賑わすなんて。せっかく、少しだけあの世界に認められた気がしてたのに。
また一つ溜め息を吐いて膝の上で頬杖をつきながら道行く人々を見つめると、あたしがいるのは彼らと同じ空間なのに別の世界のような気がしてならなかった。








あれからいったいどれだけの時間が経ったのか分からないが、だいぶ前から日は傾き始め、辺りはだんだんと暗くなってきた。気づけば目の前の道を行き来する人の数は減っていて、もうそろそろ外を出歩く時間ではないことだけは分かる。だからといって行く場所がないあたしはここから動きようがないのだけど。


「…さっむ」


旧暦とかが分からない以前に今日が何月何日なのかすら分からないから季節が何なのかも分からないけど、空気の乾燥具合からして秋ごろだろうか。厚手の着物を着ているけれど、とにかく寒い。両手に息を吹きかけて温めてもあんまり意味がないくらいに手が冷えている。それでもやらないよりはマシかと息をかけ続けていると、じゃり、と土を踏む音がした。反射的にその音がした方を向いて、見なければよかったと後悔した。


「…っ!」


目があったのだ。全身血まみれで刀を持った男と。
瞬間的に脳が危険信号を送る――逃げなきゃ。でも身体はすぐには反応してくれなくて。にやりと笑った男が一歩、また一歩とあたしの方に近づいてくる。悲鳴を上げようにも喉が引きつって声が出ない。


「見ちまったなら仕方ねぇなぁ。死んでもらうか」


男はあたしの2メートルほど前に立つと、刀で肩をとんとん叩きながら何でもないことのように軽い口調でそうこぼした。
やばい、殺される…!男が刀を構えたわけでもないのに反射的に身を縮こませぎゅっと固く目を閉じると、ぐいっと誰かに肩を後ろに引かれた。そのあまりの勢いにギターケースの上から転がり落ちる。


「左之!そっちは任せたぜ!」
「分かってるって。さ、嬢ちゃんこっちだ」


目を開けるとそこには浅葱色の羽織を着た男が2人。1人は刀を構えて先ほどの男と対峙しており、もう1人はあたしの肩を抱いていた。さっき引っ張ったのはこの人か。赤い髪がとても印象的な人だ。
あたしは今日一日で2回も新選組の方に助けられたみたいだ。何という運命。正直危険な目に合うのは御免なのに。


「おい、嬢ちゃん?」


未だ呆然とするあたしに赤い髪の人は小さく舌打ちをすると、突然大きな手であたしの目を覆った。その行為に驚いて出そうになった悲鳴を何とか飲み込み手を外そうとすると、男の人は武骨な手とは裏腹な優しい声で囁いた。


「見て気分のいいもんじゃねぇ。耳も塞いどきな」


言われるがままに自らの手で耳を押さえたその時だった。何かが飛び散る音と男の悲鳴が、塞ぎ切れなかった指の隙間から耳に届いた。誰に言われなくても、実際に見えてなくても分かる。あの男は殺されたんだ。そう理解すると、辺りに充満してきたむせるほどの鉄の臭いに胃の中身が戻ってきそうな気がして、慌てて両手で口を押えた。だめだ、気持ち悪い。


「悪ぃな、ほんとは少し離れたところまで連れて行くつもりだったんだが…」
「い、え…だいじょぶ、です」


途切れ途切れにそう口に出すと男の人が苦笑したのが雰囲気で感じられた。多分、この人はいい人だ。
恐らく転がっているであろう男の死体をあたしが見てしまわないように目は塞いだままあたしの体を反転させ、それからやっと手をどけてくれた。そしてもう1人に話しかける。


「新八!そいつの後始末は山崎に任せるとしてとりあえず屯所に戻ろう」
「おう!で、左之。その人はどうする?」
「今夜一晩は屯所で休ませる。…それで平気か?」


その問いに頷いて肯定の意を示すと左之と呼ばれた人は座りっぱなしだったあたしの手を掴んで立たせ、付いてくるように促した。思いがけず一夜の宿をゲットできたあたしは大人しく付いて行くことにして、土埃を払ってギターケースを抱える。ケースを見た2人は怪訝な顔をしたけど、それはスルーだ。余計なことは考えちゃいけない。
この状況も、あたしがいる場所も、これからのことも…全部明日考えればいい。自分の中途半端なポジティブさに少し嫌気が差した。


(運命の歯車)





左之と新八出てきた――――\(^^)/
でも新八もろくそ空気www そして左之のターンwww
次はもっと斎藤さんと絡ませたい!
110420 春日時雨