朝、頭の横にある目覚まし時計を手に取り、その指す時間を見てベッドから跳ね起きる。全く覚醒する様子のなかった頭が瞬時に目覚めた。あと7分ほどで遅刻になってしまう。
急いで顔洗って着替える――あと5分。寝癖のついた頭とだらしなく崩れた制服で家を飛び出す――あと4分。トーストすらしていない食パンを咥え、通学路を全速力で走る――あと、えーと・・・。朝食を食べながらの登校は遅刻の定番だ。
通常ならば徒歩5分で学校に着く距離。走れば十分間に合うはずだった。はずだったのだが、いつも学校指定のローファーではなくスニーカーを好んで履いているのが祟った。普段から身の回りのことにだらしがないため、解けたままの靴紐を、
・・・踏んだ。

「ぉ、うぁ・・・っ!」

直後、地面へダイブだ。もちろん咥えていたパンは飛んだ。多分どこかの家の庭に入って、いつの日か肥料となるだろう。ついでに鞄も飛んだ。ほとんど何も入れていない、それそのものの重さのそれは薄っぺらくて軽く、ブーメランのように回転しながら宙を舞い、2、3mほど先に落ちた。
それらを全て自分の目で見たあと、ゆっくりと両手を地面につき立ち上がる。その時、体中(主に前面)が痛んだ。大分派手に転んだらしい。
周りに人が居ないのを確認してからほっと息をつき、制服についた土ぼこりを払う。

「最悪だー・・・。これならローファー履いてくればよかった。いや、ローファーも走りにくいか。つかローファーどこやったっけ」

ぶつぶつと文句を言いながらスカートまで払い終えたところでふと気づいた。両膝から血が出ている。腿に両手をつき覗き込むと、アスファルトだからだろうか、意外と抉れていた。

「あちゃー、ざっくりいったな。でもハンカチとか何もないし・・・仕方ないか。あー、アスファルトのバカヤロー!」

なんだか無性にムカついて、近所迷惑にならない程度に叫んだ。
元はといえば、目覚まし時計のアラームが鳴らなかったせいだ。あとは、靴紐が解けていたせい。地面がアスファルトなせい。そして多分、もうすぐ遅刻するという焦りのせい。そこまで考えて思い出した。
自分は遅刻寸前だった。

「完全に遅刻じゃないかよ・・・。ありえねぇ」

これから先のことを思い、深く溜息を吐いた。今月に入ってから一体何度目の遅刻だろう。そろそろ呼び出しがかかるかもしれない。例の風紀委員長から。
兎にも角にも学校には行かなくてはならない。先ほど転んだときに飛ばした鞄を取りに足を一歩踏み出した。少し傷が痛んだ。持ち主と同じように派手に地面へとダイブした鞄には案の定大小様々な傷がついていた。だが、もともとそんなに大事に使っていなかったのでそれほどショックは受けない。
どうせもう遅刻だし、これ以上何分遅れても変わらないだろうと思いゆっくり歩いた。足が地面に着く度にその衝撃でずきずきと膝に痛みが奔る。傷口からたれてきた血で靴下が湿っているのが分かった。ぺっとりと貼りついて気持ちが悪い。
本当に今日は人が通らなくてよかった。今のあたしは確実に不審者だ。通報とまではいかないけれど、学校に連絡がいってしまうかもしれない。それは少し、いやかなりめんどくさい。
少し歩き、角を曲がるとすぐ、ほんの数m先に学校がある。その校門の向こう側で影が動くのが見えた。

「遅い」

雲雀だった。
学ランを羽織った状態で腕を組んであたしの前に立つともう一度、

「遅い」

普段から恐い顔と声をしているのだが、今日はさらに凄みがある。眉間の皺は3割増し、超不機嫌だ。
あー、恐い恐い。

「連絡がないから絶対に来るだろうと思って待ってたけど、遅いよ」

絶対に、を強調して雲雀は言った。
3度目だ。そろそろ言い訳を始めないとまずいかもしれない。

「そーりーそーりー、ごめんよー。あと5秒早く起きてたら間に合ってたよ、ひばりん」

5秒じゃ何も変わらないとは思ったけれど、頭に浮かんだ時間の単位がそれしかなかったので仕方なくそのまま続ける。そして、「ほら」と両膝の不名誉な傷指してみせた。

「つーかね、今日はこけたわけ。あたしは悪くない」
「バカでしょ。何にせよが悪いから」
「ひど・・・っ。ひばりんひどーい! 痛そうだから遅刻なしにしてあげるとか言えないわけ?」

血がだらだらと流れている傷を見ても表情を崩さない雲雀に対して少しむっとしたので言い返す。だがよく考えたら、普段喧嘩をしているから血なんて見慣れていて当たり前かと気づき、そのつっけんどんな態度も許してやろうと思ったが、直後の雲雀の言葉にその気も失せた。

「汚いから洗って保健室に行きなよ。欠席にしてあげるから」
「一体誰が好き好んで欠席にされるんだっつの!!」

そう吐き捨て、ガキ臭いが雲雀にあっかんべーをして昇降口へと向かった。保健室に行くのだ。さっきの発言はもしかしたら「保健室になんか行くかよ」という風に聞こえたかもしれないが、やっぱり自分でもこの傷を放置するのは汚いと思うので、手当てをしに行く。ただ、保健室にはあまり行きたくない。
上履きに履き替えてなるべく静かに廊下を歩き、それとは逆に勢いよく保健室のスライドドアを開け、叫ぶ。

「シャーマルー! ちょっとやってー」

勢いよすぎたのか、完全に開いてから戻ってきたドアに危うくはさまれそうになり、間一髪で避ける。だがまだ勢いが余っていたらしく、一度閉まってまた少し開いた。それをきっちり閉め、近くにあった椅子に座ると丁度奥から人が来た。

「相変わらず乱暴だしうるせーし女として最悪だな、お前」

だらけた白衣に寝癖、そしてあくびと完全に寝起きだ。しかも相手が可愛い女の子でないのがよほど不満らしい。やる気のかけらもない。

「職務怠慢エロ親父が何言ってんだよ。で、ほらこれ! 手当てして」

先ほど雲雀にしたのと同じ様に傷を指差した。それ見るなり顔をしかめたシャマルを見て、雲雀のしかめ面とは大違いだと思った。何だか悪戯が成功したときのようないい気分だ。

「まーた派手にやったな。喧嘩か?」

傷の具合を見て絆創膏ではだめだと判断したのか、棚から包帯とガーゼ、消毒液を取り出し、あたしの脇の台に置きながら、呆れたようにシャマルが言った。そして一度奥に消えたかと思うと、今度は水をいっぱいに入れた如雨露と大きな金だらいを持ってきた。
珍しく仕事をするシャマルの姿をまじまじと見ていたあたしはようやくシャマルの問いに対して口を開いた。

「違う、こけただけ」

答えを聞いたシャマルの動きが一瞬だけ止まった。なんたらの法則に従い、急には運動を止められないから(だっけ?)少しだけ如雨露から水が零れた。でもそんなことは気にせず、というか気づかなかったのかそのままあたしの足の近くに金だらいを置いた。あ、また少し零れた。
つーか、喧嘩で両膝負傷って意味分かんないし。

「まーいいけどよ、水道でいいから少しくらい洗ってからこいよ。ほら足つっこめ」
「・・・あたしのことバカだと思ったでしょ」

靴下を脱ぎ、足を金だらいに入れながら斜め上のシャマルを睨む。こんな親父に見下されるのは癪だ。

「・・・思ってねーよ」
「あ、そ」

返事に間が開いたことを怪しいと思いながらも、この話を引きずっても楽しくないので適当に終わらせる。
すると突然足に冷たいものが触った。

「ちょ、冷た・・・! かけるならかけるって言ってよ!」
「我慢だ我慢」
「・・・・・・。そういや、このたらい何? 誰かの頭の上に落とすつもりだったの?」

予想以上に冷たかった水に驚き、それを突然かけたことに文句を言うと簡単に切り捨てられ、話が続かなくなったので、新しい話題を提供する。
またシャマルの動きが止まり、今度はシャマルがあたしの顔をまじまじと見た。

「それ、本気で言ってんのか?」

またしても呆れ声だ。しかもさっきよりももっと上を行く。だけどあたしはそんなに変なこと言ったつもりはない。
傷口の血や砂を洗い流す作業に戻ったシャマルが溜息を吐く。

「何よ、違うわけ?」
「一般人の頭にたらいを落としてどうすんだ」
「知らないよ、あたしそれしか使い道知らないもん」

もう一度、今度はより深く溜息を吐いた。

「もういい。お前黙れ」
「けっ。はいはい分かりましたよ」
「・・・足出してそこのタオルで拭いとけ。傷口は触るなよ」
「あいよ」

言われたとおり傷には触らないように気をつけて拭くと、綺麗に包帯を巻いてくれた。意外と器用だったらしい。少しだけ見直した。いや、一応医者なんだから器用なのも普通か。なんだ。じゃあ別に見直してない。

「ほら、終わったんだから帰れ帰れ」
「え、ちょ、も少し休ませろよ!」

半ば追い出されるように保健室を出て、予備として入れておいた靴下を履いた。何かがあったときのためにと常に入れておいて正解だった。今日家に帰ったらまた一足入れとかなきゃ。
さてこれからどうしようか、と次の行動に悩みはじめたとき誰かに声をかけられた。

「あ、いた! さん、放送で呼び出されてましたよ。・・・雲雀さんに」

振り向いてみてみると、声の主はツナだった。(ごめんね、ツナ。あたしは人の声を聞き分けられない。)ツナは走ってきたのか、少し息が上がっている。

「ほんとに? じゃあ行ってくるよ。教えてくれてありがとね、ツナ」
「い、いえいえ! それより大丈夫なんですか?」

お礼を言うと手をぶんぶんと振って大げさにリアクションしたツナは心配そうに聞いてきた。そんなに心配することなんて何にもないのに。

「あぁ、大丈夫! 雲雀はみんなが思っているほど恐くないから。独占欲が強いだけなんだよ、ああ見えて」
「はぁ、そうなんですか・・・?」
「そうそう、じゃ」

まだ納得のいってない様子のツナに軽く手を振りその場に放置して、応接室へ向かう。急がないとまた雲雀が拗ねるかもしれない。先ほどのツナの様子だと5分以上前に放送がかかったのかもしれない。まったく、何でシャマルは放送切ってんだか。ひばりんの突然の呼び出しに応じてあげられないじゃないか。

「ひーばりーん、きたよ」

ノックもせずばーんと扉を開けて応接室に入るなりそう言うと、ものすごく高そうな椅子に腰掛けた雲雀が顔を上げた。やっぱりいつものむっすり顔だ。そしてまたあの単語を口にする。

「遅い」

それに対してあたしはまた笑って返すのだ。

「ごめんよ、放送が聴こえなくてさ。あと5秒早く分かったらすぐ来てたんだけど」










あと5秒
(今月はまだ一度も予鈴までに来てないの分かってるのかい?)
(ごめん、知らない)


雲雀さんってどんな喋り方するんだっけ? どんな性格だっけ?
っていう状態で書いたらほんともうわけ分からん。
しかもシャマル・・・!
そうか、そうだったんだ。おいらシャマルが好きだったんだね。そりゃ知らなんだ。
で、まぁ、一応説明をしますと、
"あと5秒"ってのは2人の間で通じるジョークみたいなもんですね。
で、雲雀さんの性格崩壊は、ヒロインちゃんの前でだけです←
090214 春日時雨
100211 加筆修正